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東京高等裁判所 平成8年(ネ)2729号 判決

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人は控訴人に対し、金八三万円及び内金一〇万円に対する昭和五八年一〇月三一日から、内金二一万円に対する同年一一月一〇日から、内金一〇万円に対する同年一二月三日から、内金三〇万円に対する同年同月一二日から、内金六万円に対する昭和五九年一月一八日から、内金六万円に対する同年同月二〇日から、それぞれ完済まで年七分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを三分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

五  主文第二項は仮に執行することができる。

理由

一  請求原因について

請求原因事実は、すべて当事者間に争いがない。

二  本件貸金等の性質について

被控訴人は、本件貸金等が商事債務であると主張するので、この点につき判断する。

前記争いのない事実及び《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

1  控訴人は、昭和五七、八年ころ、丙川株式会社(以下「丙川」という。)に嘱託社員として勤務していたが、そのころ、同社に歩合給のセールスマンとして入社した被控訴人と知り合った。控訴人は、昭和五八年三月ころ、イオン整水器をメーカーから直接仕入れることができるようになったため、丙川を辞めて独立し、甲田サービスの各称でイオン整水器を販売することとした。その後、被控訴人は控訴人と話し合い、被控訴人が控訴人のイオン整水器を販売、設置して控訴人から一台当たり九万円(昭和五九年四月以降、一〇万円になった。)の手数料より部品代等を控除した金額を受け取ることを合意し、被控訴人は同年一〇月初めころ、丙川を辞め、イオン整水器のセールスに従事した。

2  被控訴人は、イオン整水器を販売し、代金を受領するまでの間、収入がないので、生活費、ガソリン代等に当てるため、請求原因1のとおり、昭和五八年一〇月三一日から同五九年一月二〇日までの間、六回にわたり、合計八三万円を利息年七分の約定で借り受けた(右金銭の貸借事実は、当事者間に争いがない。)。

3  被控訴人は、セールス活動のため、控訴人所有の昭和五三年式トヨタカローラバン一台を昭和五八年一二月から同五九年八月までの間、一か月三万円の使用料を支払う約束で借り受け(右事実は、当事者間に争いがない。)、その間、およそ一日当たり四〇キロメートル程度、セールス活動のため走行した。

4  被控訴人は、昭和五九年一月から同年八月までの間に、控訴人から被控訴人が負担すべきイオン整水器の部品代金一四万二五六〇円の立替えを受けた(右事実は、当事者間に争いがない。)。

5  被控訴人は、その後控訴人のイオン整水器の取扱いを止め、控訴人も昭和六〇年には転業した。

6  被控訴人は、昭和五八年一一月付で自動車の借用証、同五九年三月二三日付で本件貸金合計八三万円の借用証(各貸付の明細が記入されたうえ、「昭和五十八年十月三十一日付提出済『資金投入・回収予定表』に沿って決済方、お願い申し上げます。」と記載されている。)、同五九年九月末日付で本件貸金、本件使用料及び本件立替金合計一二四万二五六〇円に関し、「借付金返済について」と題する書面(本件貸金については、「返済期限は昭和五九年四月中で決済予定になっているが、未決済となっているので早急決済して頂く様御願いします。」との記載がある。)にそれぞれ署名し、いずれも控訴人に交付した。

7  本件準消費貸借契約については、昭和五九年一一月一〇日付「債務弁済契約証」(甲四)が作成され、これにより控訴人は、「自営開始必要資金、車両使用料、機械取付部品、消耗品等の実費立替金を含む壱百弐拾四萬弐仟五百六拾圓也の支払債務のあることを承認」する、弁済方法は昭和五九年一二月二八日より毎月一〇万円以上を元金分として返済し、昭和六〇年一一月二八日をもって完済する、金利計算は年七分の割合で別途計算する、被控訴人が三か月以上約定に違反した場合、残金を一括返済する旨約束した。

なお、右の約定金利は、本件貸金についてのみ発生し、その起算日は六口の貸金の各貸付日であることを前提とするものであった。

8  被控訴人は、昭和五九年一二月三一日、控訴人に対し、本件立替金の内金として五〇〇〇円を支払った(右事実は、当事者間に争いがない。)。

右認定事実(殊に、約定利息の有無、一部弁済金の充当態様等)によれば、本件準消費貸借契約は、右債務弁済契約証(甲四)の記載によって明らかなとおり、これによって旧債務の性質を変更するものではなく、その実態は、各債務についてそれぞれその存在と残高を確認のうえ、弁済方法等を定めたものにすぎないものと認められる。

そこで、本件各債務の性質について検討してみると、その発生時及び本件準消費貸借契約の締結時のいずれの時点においても、控訴人はイオン整水器の販売業者であったから、控訴人の本件各債務にかかる行為はいずれも営業のためにする行為と推定されるものである(商法五〇三条二項)。しかし、本件貸金は、各貸付をした時期及び金額とも一定しておらず、貸付の頃被控訴人は他にほとんど収入がなく、日々の生活に窮していたので、被控訴人は控訴人に生活費のための融資を懇請し、本件貸金はこれに応じて控訴人が被控訴人に貸し付けたものである。そして実際本件貸金は、主として被控訴人の生活費に当てられたのであり(被控訴人自身認めている。)、ガソリン代等営業費に充てられたのは、極めて僅かであること(被控訴人の使用した車は、いわゆるコンパクト・カーであり、セールスのための一日当たりの走行距離は四〇キロメートル程度に過ぎない。)等を考えれば、本件貸金は、商行為に基づくものではなく、民事債務であると認めるのが相当である。

前記「債務弁済契約証」(甲四)には、「自営開始必要資金」なる文言が記載されてはいるが、同証の記載においても、「自営開始必要資金」の文言に続けて、「車両使用料、機械取付部品、消耗品等の実費立替金を含む金壱百弐拾四萬弐仟五百六拾圓也の支払債務のあること」と記載されているのであって、単に営業開始資金のみでないことを窺わせる表現となっているのであることや、右のような本件貸金の貸付の際の事情及び実際に貸付金が費やされた用途に照らして見れば、右の文言は本件貸金が民事債務であると認定することの妨げとなるものではない。他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  消滅時効完成の有無

1  被控訴人は、本件準消費貸借契約による債務について消滅時効を援用する。

2  《証拠略》によれば、控訴人が昭和六〇年一二月または同六一年一月ころ、被控訴人に対し、本件準消費貸借契約に基づく債権について電話で支払いを求めたところ、被控訴人は、警備会社に勤めていて、給料も少なく、目が悪くて医者にも通っているので、支払えない旨回答したことが認められる。

そうすると、被控訴人は控訴人に対し、そのころ、本件準消費貸借契約に基づく債務を承認したものと認められる。

被控訴人の当審における供述中には、控訴人の扱うイオン整水器に欠陥があったため、控訴人に対し支払を拒絶する旨話したとの部分があるが、右部分は的確な裏付を欠き、採用することができない。

3  控訴人が本件準消費貸借に基づく債権について、平成七年五月三一日、神奈川簡易裁判所に支払命令の申立てをしたことは、当裁判所に顕著な事実である。

そうすると、本件準消費貸借契約のうち、本件貸金に関する部分は、被控訴人の債務承認から一〇年を経過する前に裁判上の請求があったものであるから、消滅時効は完成しておらず、他方、本件使用料及び本件立替金に関する各部分は、商事債権として、被控訴人の債務承認から五年以上経過した後に裁判上の請求があったものであって、消滅時効が完成したものというべきである。

四  本件各債務の返済義務が消滅した旨の控訴人の主張について

控訴人は、本件各債務は、事業のための借受けであり、事業の継続中に返済する旨の約束であったから、事業廃止後の現在では、返済義務は既に消滅している旨主張する。

控訴人は、右主張の根拠として、昭和五九年三月二三日付借用証中に前記二6のとおりの記載がある旨当審において述べるが、右記載内容は、事業廃止後に被控訴人の返済義務が消滅する趣旨のものと読むことは到底できず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

五  結論

以上の事実関係のもとにおいては、控訴人の被控訴人に対する請求は、本件貸金合計八三万円及び各貸付日から昭和六〇年三月二八日までは利息(前記二7のとおり、本件準消費貸借契約には期限の利益の喪失約款があり、控訴人は、昭和六〇年三月二八日の経過により期限の利益を失ったものである。)、その翌日から完済に至るまでは遅延損害金として、約定利率年七分の割合による金員の支払を求める限度で正当であり、その余の部分は失当であるところ、これと結論を異にする原判決は一部において相当でないからこれを変更することとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条、九二条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川英明 裁判官 太田幸夫 裁判官 高橋勝男)

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